ビフォア・サンライズの感想

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ビフォア・サンライズを観ました。

ネタバレしますので悪しからず。

 

■あらすじ

列車の中で偶然出会った男女が恋に落ちていく話。

 

■感想

物語序盤で男性が女性にこんなことを話します。

「今は誰でも安い製作費で番組が作れるようになった。自分は24時間のリアルタイム・ドキュメントを作りたい。」

まさにこの映画のコンセプトそのものを表現しています。

映画とは本来、監督が意図したものしか映らない極めて作家性の強い媒体です。

でも本作は、監督の演出でガチガチにコントロールするのではなく、演者の自然な演技を引き出すことをテーマにし、作りこんだ映画ではなくドキュメンタリー風の映画になっています。

そのため、カット数も極力減らし、カメラを長回しし、ナチュラルな演技が魅力的に見えるよう工夫して撮影されています。

実際に、男女が引かれていく様子が、演技演技しておらず、一挙一動の機微や繊細な心の動きを楽しめるようになっています。

95年放映の映画ということで、日本では当時進め電波少年が流行したり、ウインドウズ95のリリースがされたりして、まさにドキュメントとしてのメディアの魅力を引き出す機運があったような時代でした。

 

二人がウィーンに到着し、レコード屋で女性がかける曲の歌詞がいいです。

「来て、そっと優しく触れてほしい」「私は急いでないわ、だから逃げていかないで」「あなたは内気な人」「でも今度こそきっとうまくいく」。

男性に向けて、好意を表明しているわけです。でも序盤は男が初々しいため、なかなか関係が進展せず、このもどかしさも面白いです。

 

物語が進む中で、男女の知的で高度な会話が繰り広げられます。

恋愛観や生物学、フェミニズム(自立した女性について)、夫婦論。

デートなのですが、学生のディスカッションに毛が生えたようなレベルの白熱した議論が展開されます。

人によっては疲れるかもしれませんが、この会話の中身も、なかなか90年代的で面白いです。

結局は、女子の言い分は「男子はヤリたいだけ」、対し男子は「そんなことない」なのですが、ここは結論よりも会話のプロセスが面白いです。

 

■結局二人はうまくいく可能性があったのか?

物語としては最後、二人は一旦離れて再会を誓うわけですが、もしこのまま一緒にいたら、二人は結ばれていたのでしょうか?

これは、結ばれていないですね。

冒頭で新聞を読む夫とその妻の夫婦喧嘩から始まるわけですが、この夫婦は、主人公二人の将来の自画像でもあるわけです。

また、会話の中で、男子は「何かを成し遂げて死にたい、いい夫婦関係を築くより大切」と語り、女子は「自立した女性」への憧れがあります。

もちろん、自立した女性=独身、というわけではありませんが、90年代の空気として、そんな社会的圧力みたいな見えない思想があったようにも思えます。

そして決定的なのが、女子の、「分かり合えなくても分かろうとすることが大事」「どんなカップルも数年一緒にいると互いの反応が予測できるから憎しみ合ったり飽きてくるけど、私は相手を知れば知るほどその人が好きになる、すべて知るのが本当の愛」と言っていますが、このような、言語化されるイデオロギー的なものとは、実現されないというか、実現できないからこそ言葉にして自分に言い聞かせているように見えるのです。

変な話ですが、人間は、近づきすぎると、憎しみ合ってしまうものなんですね。

ほどほどに距離を取ったり、何かを媒介することで親密さを維持できる。

出会った時の二人も、最初は他人だったからこそ、親や友達にも言えない悩みを打ち明けられましたし、仲良くなって本音を言いたい時も、直接ではなく、電話で他人のふりをして話すという演技性(媒介)があったからこそ、本音を言えたのです。

 

さらに、二人が自然と惹かれるシーン、物語が進展していくシーンは、必ずといっていいほど、「言葉」がでてきません。

男性が、「わかるだろ?」の一言で、無言でお互い分かり合って関係性が進展します。

大事なのは、言葉ではなく、関係性なのだ、ということです。

逆に言えば、言葉とは、誰かと議論する、戦うために必要であって、分かり合うための手段となり得ていないような描写に感じました。

 

■テクノロジーが進化した現在だったらどうなっているか?

物語とは関係ないのですが、もしスマホSNSがあったら、この関係性はどうなっていたでしょうかね?

そもそものこの映画自体、おそらく映画という媒体ではなく、Youtubeでも流せますし(ドキュメンタリーなので)、おそらくFacebookなどでいくらでも検索して出会うことができていたはずです。

なので、現代であったら、この物語は成立しなかったわけです。

そういう意味でも、この95年という時代だからこそ描けた映画だともいえます。

 

面白かったので、一度、見てみてはいかがでしょうか。